DNA ご存じの方も多いかもしれませんが、2003 年に完了した「ヒトゲノム計画」において、 ヒトの DNA 解析が行われた結果、DNA 全体のうち、タンパク質合成の設計図にあたる「遺伝子」部分はたったの 2%に過ぎないということが発表されました。
当初は、ゲノムとしての意味をもたない、残り 98%の DNA は「ジャンク DNA」として、 単なる無駄なものではないか、進化の過程で生まれた余計なものではないかと考え られたこともありました。
しかし、現在、この 98%のジャンクと思われた部分が果たす役割について、急速に研究が進んでいます。
その一つの役割として、2%の「設計図」をどれだけ頻繁に読み出し、どれだけたくさ んのタンパク質をつくるか、という頻度のコントロールは この 98%の部分が担っているのではないかと考えられており、その様々な実例が研 究の成果として報告されています。
2%の設計図が、クラッシック音楽でいうところの楽譜だとすれば
残る 98%は、その楽譜をどのように演奏するかを指示する、いわば指揮者のような存在といえるでしょう。
たとえば、カフェインの分解速度は、ヒトによって大きく異なることが知られています。 心臓疾患のリスクを減らすための生活習慣として、毎日一杯のコーヒーを推奨するよ うな文句をきいたこともあるかもしれませんが 実はこれ、ヒトによっては逆にリスクを増大させてしまうことが知られています。
そのカギとなるのが、遺伝的体質によるカフェインの分解速度なのです。 分解速度の速い人にとっては、カフェインの摂取が健康にプラスに働きます。
しかし、遅い人にとってはその逆です。
ところで、このようなカフェインの分解速度を決定する因子は、ジャンク DNA 領域に存 在していることがわかってきました。 誰もが、カフェインを分解するための酵素をつくるための設計図を遺伝子として持って います。
ところが、その設計図を、どれくらいの頻度で読み出して、どのくらいの頻度で酵素を つくるかは 設計図の直前に位置する「エンハンサー」と呼ばれる、読み出し開始位置にあるコー ドなのです。
これは設計図そのものではないので、ジャンク DNA と呼ばれていた領域に存在する のですが、このコードが少し違うだけで、設計図の使用頻度が変わってしまうのです。
そして、このコードの違いは親から遺伝されます。 ですから、生まれつき、カフェインを分解するための酵素をたくさんつくれるかどうかが、決まってしまうのです。
このような、ジャンク DNA 領域に突然変異をもっていることによって、 糖尿病に非常に強い体質をもつ人が見つかった結果、 糖尿病に対する有効な治療薬が開発されたという実例があります。
この人は、尿に排出される糖の量が異常に多いにも関わらず まったくの健康体で、糖尿病としての症状をまったくもっていないという、特殊な体質でした。
そこで DNA を解析した結果、SGLT2 という、体内に糖をためこむ働きをする物質がほとんどつくられていないことがわかりました。 そのために、尿には糖が排出されますが、それ自体はまったく問題ではなく
むしろ血糖値を低く維持することができるために
いわゆる糖尿病に固有の、健康に害のある症状が一切でないということがわかったのです。
この人の健康状態を詳しく調べることで
SGLT2 が働かなければ、糖尿病の発症を抑えることができると同時に、
SGLT2 が働かなくとも、健康に生活するのにまったく支障がないということがわかったのです。
この研究の成果が、SGLT2 阻害剤を開発するきっかけとなり
いまでは世界 90 か国以上で認可され、日本でも 2014 年に承認されました。
さて、ここまでは生まれつきの体質に関する話でしたが、 ここからは、生活環境の改善によって、生まれつきの体質を変えられるという話です。
病気の遺伝子をもっていても、発症せずに健康に生活している人が 世の中にはたくさにます。
その理由として、ここまでに取り上げてきた、ジャンク DNA のコードによる効果も考えられますが、それ以外の要素として、後天的な生活習慣によって DNA そのものに加わる変化というものも考えられます。
たとえば、DNA メチル化酵素というものが知られています。
これは、DNA のコード領域に対して、メチル基(CH3-)という原子団をくっつける働きをします。
すると何が起こるかというと、メチル基がついてしまった領域は、くるくると丸まってしまいコードの読み出しができなくなってしまうのです。 つまり、その部分に記述されたタンパク質の設計図は読み出すことができなくなり そのタンパク質はつくられなくなる(つくられにくくなる)のです。
こうして、実際に持っている遺伝子であっても、それを、良くも悪くも発現させないようにできてしまう、
それが DNA のメチル化です。
同じようなしくみで、アセチル基をつけるアセチル化など、
DNA の働きやすさをコントロールするメカニズムはいくつか見つかっており
まだまだ未解明の複雑な部分が残されていると考えられます。 このような後天的に DNA に付け加わる変化は 生活習慣次第である程度コントロールできるのではないかと考えられ
研究が進められています。
わかりやすいところでいえば、メタボの改善のために
運動や食事内容などの生活習慣を変えようという発想がありますが その効果というのが、実は DNA に加わる後天的な変化につながっているのではないかということなのです。
また、このような後天的な変化は、子供へと遺伝される可能性があると真剣に考えられています。
ある閉鎖的な農村で、祖父の代で成長期に豊作を経験した家系では
その子や孫の代で、メタボや心臓疾患が起こりやすいということが 統計的に確認できるという研究報告がありました。
それを受けて、マウスで実験を行ってもやはり
祖父の代で成長期に食べ過ぎを経験した場合
その子や孫の代では、普通に食べていても太りやすい体質になることが確認できまし た。
中には、恐怖などの心理的な経験も遺伝するのではないかという説もあります。
今はまだ、実験動物で研究されている段階ですが
このような後天的に獲得した形質が子孫へと遺伝するしくみには
メチル化などの DNA における変化が子孫へと遺伝することで 起こっているのではないかという説があります。
世の中には、病気の因子となっている遺伝子をもっていながら
まったく病気とは無縁でいられる人が、実は数多く存在しています。
それらの人たちの中で起こっている DNA の変化を知ることができ
またそれをコントロールする医学が発達すれば
遺伝病に悩む多くの人たちにとって大きな希望となるのは間違いありません。
本日は、東京都世田谷ちゅうしん整体院 村山先生のコラムを紹介いたしました。